【ストーリー】川崎洋子さん 卵巣がん 漿液性腺癌/ステージ3C 

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卵巣がん 川崎さんのがんに関するストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】川崎洋子さん 卵巣がん 漿液性腺癌/ステージ3C 
  2. 第1話「身体中の関節の痛み」
  3. 第2話「血液検査報告書とレントゲン画像」
  4. 第3話「うまく動かない指の関節」
  5. 第4話「めったにない不正出血」
  6. 第5話「悪性の可能性」
  7. 第6話「卵巣がん特有の腫瘍マーカー。大腸、胃への転移の可能性」
  8. 第7話「アレルギー反応での手術中断可能性」
  9. 第8話「無事手術が終わり抗がん剤治療へ」
  10. 第9話「2度目の手術。リンパ節切除。」
  11. 第10話「元の職場への復職」
  12. 第11話「患者さんを励ます側へ」

第10話「元の職場への復職」

2003年に卵巣がんが見つかり、手術、5ヶ月半7クールに及ぶ抗がん剤全身化学療法、更に2度目の手術を受けた東京都在住の川崎洋子さん(54歳、2003年当時41歳)は、その年の12月18日に退院し、クリスマスと大晦日(おおみそか)を家族と過ごした。

年が明けて2004年1月。
川崎さんは東京医科歯科大学医学部附属病院で再び抗がん剤治療を受けていた。
実は12月の手術の後、医師と話しそう決まっていた。

あくまで根治を目指す担当医たちは追加的にさらに3クールの抗がん剤治療を勧めた。
「根治を目指して、あと3クールやりましょう」

正直、またあれをやるのかと辟易(へきえき)したが「3クールだけやれば、これが終われば、もう入院しなくて良いんですよね」と確認し、受け入れた。
これまでの入院とは違い治療のゴールが見える入院治療だったから受け入れた。

そして7プラス3の合計10クールの全身化学療法を終え、2004年3月12日に退院した。
入退院を繰り返し13ヵ月もかかった入院治療がついに終わった時だった。
そして通院による在宅での抗がん剤治療へと替わる。

ラステッドという錠剤の薬を毎日3週間服用し、その後1週間回復期に充てる。
この4週間のクールを翌年の2月まで続けるということだった。本当に長い期間の治療だ。

一方、退院した3月12日から川崎さんの生活は大きく開けていく。
この3月は一人息子の保育園卒園の年で卒園式にでられた。
事情を知っていた仲のいいお母さん友達から「本当によかった!」と祝福される。

そして4月6日。
「これには絶対に出たい」と入院中からずっと目標においていた息子の小学校入学式に参列した。
クラス集合写真は、ウィグ(かつら)をかぶったままで、まだ体調が悪そうな顔つきの写真だが川崎さんの宝物だ。

続いて4月21日には、元の職場に復職した。
川崎さんのことを信頼していた美容室のオーナーは川崎さんが戻れる場所を残しておいてくれた。
心の底から嬉しかった。
一時は、もう美容師の仕事なんてできないんじゃないかと不安に感じていた。だけど、再び美容室でハサミを持ち、お客さんの髪をカットしている自分が今ここにいる。
一度は失ったものを再び取り戻し始めた。

次のページを読む >> 第11話「患者さんを励ます側へ」

この記事の著者

(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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