【ストーリー】川崎洋子さん 卵巣がん 漿液性腺癌/ステージ3C 

卵巣がん 川崎さんのがんに関するストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】川崎洋子さん 卵巣がん 漿液性腺癌/ステージ3C 
  2. 第1話「身体中の関節の痛み」
  3. 第2話「血液検査報告書とレントゲン画像」
  4. 第3話「うまく動かない指の関節」
  5. 第4話「めったにない不正出血」
  6. 第5話「悪性の可能性」
  7. 第6話「卵巣がん特有の腫瘍マーカー。大腸、胃への転移の可能性」
  8. 第7話「アレルギー反応での手術中断可能性」
  9. 第8話「無事手術が終わり抗がん剤治療へ」
  10. 第9話「2度目の手術。リンパ節切除。」
  11. 第10話「元の職場への復職」
  12. 第11話「患者さんを励ます側へ」

第9話「2度目の手術。リンパ節切除。」

膠原病(こうげんびょう)の治療中に卵巣がんが見つかり2003年5月に手術を受けた東京都在住の川崎洋子さん(54歳、2003年当時41歳)は、その後5ヶ月半に及ぶ抗がん剤治療を受けた。

10月末に7クール目の抗がん剤全身化学療法を終えホッとしていた。
この時これで治療は終わったと思っていた。
なぜなら、マーカーのCA125が「6208.0 U/ml(5月28日)」から「11.9 U/ml(10月30日)」にまで下がっていたからだ。
しかし11月17日の担当医との面談でこう伝えられる。

「川崎さん、抗がん剤治療の効果を確認したいんです。あと前回の手術で取り切れなかったお腹のリンパ節も取りたい。だから2回目の手術をしましょう」

正直、この提案には戸惑った。
なぜなら抗がん剤治療により腫瘍マーカーCA125は下がったからだ。
確かに正常値までは下がり切らなかったが、抗がん剤治療の手ごたえを感じていた。
だから、本当に2度目の手術を受ける必要があるのか解らず、迷いに迷った。

実は、川崎さんの友達がお付き合いしている彼氏がたまたま婦人科の医師だった。
友人を介して意見を聞いてみたところ、
手術を受けるメリットの方が、手術を受けないでディリットより大きいと言われ受ける方向に気持ちが傾く。

マーカーのCA125は「9.6(正常値:35 U/ml以下)」にまで下がっていたが、「私には受けられる治療があってよかった」という心境にまで整理した。

そしてこの年の12月4日、2度目の手術が行われた。
相変わらず癒着(ゆちゃく)が厳しく難しい手術となったが、腰のリンパ節と生検により取った組織の病理検査をしたところ、すべてがんの壊死(えし)組織だとわかった。

最後の最後まで川崎さんの身体の中にまだ活動性のがん細胞があるのではないかと疑っていた担当医たちは安堵(あんど)してこう言った。

「こんな良い結果はないですよ!」

これにより川崎さんは2003年のクリスマスと大晦日を自宅で、夫、息子、そして父親と一緒に過ごせることになった。

2月の不正出血から始まった厳しい2003年がようやく終わろうとしていた。

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この記事の著者

(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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