【ストーリー】大月絢美さん 乳がん ステージ3 サバイバー

    乳がん(トリプルネガティブ)ステージ3 サバイバー 大月絢美さんのストーリーです。

    このストーリーの目次

    1. 【ストーリー】大月絢美さん 乳がん ステージ3 サバイバー
    2. 第1話「テレビドラマに出演する小学生」
    3. 第2話「青山学院中等部へ」
    4. 第3話「歌手デビューを目指す」
    5. 第4話「アルバイトをしながら」
    6. 第5話「苦節8年歌手デビュー」
    7. 第6話「母親の乳がん」
    8. 第7話「30歳を目前に控えて」
    9. 第8話「右胸のしこり」
    10. 第9話「乳腺外科へ」
    11. 第10話「乳がん・トリプルネガティブ」
    12. 第11話「全身化学療法」
    13. 第12話「母の他界」
    14. 第13話「右乳房切除術」
    15. 第14話「新生Ayamiとして」

    第6話「母親の乳がん」

    18歳からヴォイス・トレーナーズ・アカデミーに通い、苦節8年歌手デビューを果たした東京都目黒区在住の大月絢美さん(35歳、2009年当時26歳)のCDが2009年5月20日に発売された。

    プロとして唄うことが出来る。
    夢のようで素直に嬉しい。
    CDが発売されてからは、定期的にライブハウスで歌うようになり、いろんなイベントにも出演した。
    さらに、母校のOBOGたちからも大きな依頼が来た。
    青山学院大学・陸上競技部が、数十年ぶりに箱根駅伝への出場が決まったこともあり、駅伝をはじめとした青山学院の応援歌を作ってほしいと依頼される。
    光栄の極みだった。

    2ヶ月かけて気持ちのこもったオリジナル応援歌を作り、2009年9月に披露。
    これがCD化されることになる。
    2010年9月23日、青山学院大学同窓会(OB達の文化祭)。
    CDのリリースと併せて、Ayami Live をキャンパスの中庭ステージで行った。
    「歌手Ayami」になったことで、1年前には想像もできなかったことが起きていた。

    ただ…、ミュージシャンの世界は思い描いていたようなものとは少し違った。
    黙っていてもCDがどんどん売れてミリオンセラーになるようなことはない。
    自分から営業して各地を回りAyamiというアーティストを知ってもらい、チャンスをもらう。
    その繰り返しが楽しいのだが、この世界で食べていくのは簡単なことではない。
    歌手として活動する一方、ヴォイストレーナーとしての家庭教師、アカデミーでのアルバイトと忙しい毎日を送っていた頃、2011年にショッキングなニュースが届く。

    母親に乳がんが見つかったのだ。
    絢美さんにとって大切な母。
    病院での診察につきそい、母親の心の支えとなるべく、寄り添っていた。

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    この記事の著者

    (5yearsプロフィール)

    日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
    2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
    現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
    >>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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