子宮体がん(子宮内膜がん)・卵巣がん ステージ1 サバイバー 大山志乃香さんのストーリーです。
このストーリーの目次
- 【ストーリー】大山志乃香さん 子宮体がん・卵巣がん ステージ1 サバイバー
- 第1話「大学生から30代まで」
- 第2話「大きくなる胸のしこり」
- 第3話「乳腺繊維腺腫の手術へ」
- 第4話「子宮頸がんと子宮体がんの検査」
- 第5話「子宮体がん(子宮類内膜腺がん)告知」
- 第6話「家族・会社への報告」
- 第7話「腹腔鏡下子宮全摘術+両側付属器切除+骨盤リンパ生検」
- 第8話「同時多発」
- 第9話「抗がん剤治療」
- 第10話「寛解」
- 第11話「自分にできることを」
第5話「子宮体がん(子宮類内膜腺がん)告知」
2014年、右胸にあった乳腺繊維腺腫が大きくなったため手術で切除した広島県広島市在住の大山志乃香さん(46歳、2014年当時42歳)は、その後不正出血が続き、2015年に広島女性クリニックで、子宮頸がんと子宮体がんの検査を受けた。
検査から1週間後、検査結果が郵送されてきた。
それによると…、
子宮頸がん:異常なし、 子宮体がん:疑陽性(精密検査を受けてください)
子宮内膜の組織診が必要とのことだった。
その結果をみた大山さんは「やっぱり、そういうこと(がん?)だったのかなあ…」と感じる。
ただ、すごくビックリはしなかったのを覚えている。
夫に報告すると、何とも悩ましい表情をして「ちゃんと診てもらうしかないよね…」と静かに言った。
病院で相談すると、検査は生理のあとがよいとして、暫く期間が空く。
2015年4月4日、広島女性クリニック。
この日、組織診のための生検が行われた。
結果は、1週間から10日ほどで解かると言われ帰宅。
その1週間、大山さんは何とも不安でじれったい時間を過ごした。
6日後の4月10日金曜日、病院に電話して確認すると結果が届いているという。
1日でも早く知りたいから仕事帰りの夕方、病院に立ち寄った。
診察室で待つこと20分、名前が呼ばれ緊張して診察室に入る。
促されて椅子に座ると、男性医師は、大山さんをみてこう言った。
「はじめに…、結果は良くなかったです」
それを言われた途端、大山さんは動揺してこう返した。
「どういうことですか!?それは、がんということですか?」
医師はゆっくり「そうです」と言い、病理の報告書をみせた。
難しい医療用語と英文が目に入る。
Endometrioid adenocarcinoma, G1, curettage, そして、 cancer cell
「子宮類内膜腺がん」を意味しているという。
そして「がんの疑い」と印字されている部分の「疑い」が赤線で2重に消されていた。
確か、すごく初期なので手術すれば命を落とすことは無いでしょうというようなことを言っていた。
震えている大山さんに、医師は最後にこう付け加えた。
「今日説明したことはよく覚えていないでしょうから、来週また来てください」
この記事の著者
大久保 淳一(5yearsプロフィール)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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