【ストーリー】八尾智子さん 腹膜癌 ステージ4 サバイバー

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腹膜癌 ステージ4 サバイバー 八尾智子さんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】八尾智子さん 腹膜癌 ステージ4 サバイバー
  2. 第1話「食欲不振」
  3. 第2話「改善されない体調不良」
  4. 第3話「悪性腫瘍の疑い」
  5. 第4話「京都大学医学部付属病院へ」
  6. 第5話「検査だらけの2週間」
  7. 第6話「体調の悪化。確定しない病気」
  8. 第7話「つらくて仕方がない」
  9. 第8話「検査入院」
  10. 第9話「漿液性腺癌、腹膜がん、進行ステージ4B」
  11. 第10話「続く抗がん剤治療(TC療法)と気持ちの変化」
  12. 第11話「抗がん剤治療の終了」
  13. 第12話「寛解」
  14. 第13話「日常を取り戻して」

第1話「食欲不振」

「-私、死ぬんですか…?」
つらさと不安の余り血液内科の担当医師にきいた。
(婦人科は)専門外だから詳しいことは解らないと返された。
この1ヶ月間、消化器内科、呼吸器内科、血液内科を巡り、ついに婦人科で調べられることになる。
何の「がん」なのかわからないまま、時間が過ぎていた。

大阪府在住の八尾智子(やおともこ)さん(50歳、2014年当時47歳)は、2014年の秋から胃もたれで悩んでいた。
仕事は自宅から1時間かけて通う生命保険会社の事務のパート。
午前10時から午後3時半までの勤務だが、忙しい毎日でお昼ご飯はいつもパーっと短時間で食べて仕事を頑張っていた。
しかし、最近それができなくなる。
食欲がわかないのだ。

八尾さんはもともと胃腸が丈夫のほうではない。
しかも若いころから肩こり、頭痛、眼精疲労等で体調イマイチが時々あった。
だから最近食欲がないことも「いつものことかな…」とあまり心配していない。
よほど痛いとか、熱があるとかでもなければ病院には行かない性格。
友人から勧められた漢方を会社の近くの病院で処方してもらい、飲むくらいだった。

漢方を服用しても体調は改善せず食欲は戻らなかった。
ただその頃たまたま、ぽっちゃりしていた八尾さんは「まあ、良いダイエットだ」くらいにとらえて体重が徐々に減っていくことをむしろ歓迎する。
正直、深く考えていなかった。

その年(2014年)の12月、家族で石川県の和倉温泉に出かけた。
年老いた両親との良い思い出作りと思い、八尾さんの1歳年下の妹と自分の娘二人の合計6人の旅行。
とても楽しいのだが、美味しいはずの料理はやはり食べられなかった。
かれこれ3ヵ月近く食欲不振の状態が続いていた。

年が明けて2015年1月、78歳の父親が倒れて入院。
誤嚥性肺炎から間質性肺炎になりかけていく。
近所の総合病院で診てもらったあと大阪市内の大きな病院に転院。
バタバタとあわただしい毎日になった。

この頃、八尾さんは軽度認知症の母親の通院に毎月付き添っていたため、それにプラスして父親の世話と心配で自分の体調どころではなくなっていた。

次のページを読む >> 第2話「改善されない体調不良」

この記事の著者

(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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