【ストーリー】八尾智子さん 腹膜癌 ステージ4 サバイバー

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腹膜癌 ステージ4 サバイバー 八尾智子さんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】八尾智子さん 腹膜癌 ステージ4 サバイバー
  2. 第1話「食欲不振」
  3. 第2話「改善されない体調不良」
  4. 第3話「悪性腫瘍の疑い」
  5. 第4話「京都大学医学部付属病院へ」
  6. 第5話「検査だらけの2週間」
  7. 第6話「体調の悪化。確定しない病気」
  8. 第7話「つらくて仕方がない」
  9. 第8話「検査入院」
  10. 第9話「漿液性腺癌、腹膜がん、進行ステージ4B」
  11. 第10話「続く抗がん剤治療(TC療法)と気持ちの変化」
  12. 第11話「抗がん剤治療の終了」
  13. 第12話「寛解」
  14. 第13話「日常を取り戻して」

第6話「体調の悪化。確定しない病気」

2015年、年が明けてから体調が徐々に悪化していた大阪府在住の八尾智子(やおともこ)さん(50歳、2015年当時48歳)は、京都大学医学部附属病院の血液内科を受診すると50%の確率で悪性リンパ腫と伝えられた。しかし診断は確定せず引き続き検査を受けていた。

3月25日、PET検査は京都大学医学部附属病院ではなくPET専門の施設がある京都武田病院で受けた。
ただ検査を受ける移動中も息が切れて疲れてしまう。
この病院にも患者たちが大勢いたが「みんな、がん患者なのかな?」そんな思いで眺めていた。

翌日(3月26日)、京都大学医学部附属病院で胃の内視鏡検査と胸腔穿刺検査が行われた。
夫の浩一さん(仮名)は頻繁に有給休暇を取り病院への送り迎えと検査への同行。
胸腔穿刺は、胸水を抜くため呼吸器内科で受けた。
まるで学生が学習机に頭をつけて寝ているかのような姿勢を取り、脇腹に針を刺された。
ビニル管を通って身体の中の水分がダラダラと下に落ちて注射器3本分を抜いた。

注射針を打たれるたびに痛いのだが、この頃は「もう、どうにでもして欲しい」と言わんばかりのつらさだったから胸水を抜く処置も耐えられた。
水分は大量にわき腹から抜き取られた。

そして再び血液内科を受診すると担当の女性医師がこれまでの検査結果を伝えた。
「骨髄穿刺の結果、悪い結果は出ませんでした。ただPET検査の結果、卵巣が腫れていることが解りました。婦人科の病気が疑われるので、今度は婦人科を予約して受診してください」

それを聞き、がく然とした。
また診療科と担当医が替わるのか…というがっかりする思いと卵巣がんへの恐怖。怖くなった。
「卵巣がんなんですか?先生、私、死ぬんですか…?」
絞り出すように聞いてみた。
(血液内科の)女性医師は婦人科の分野は専門外なので詳しいことは解らないと言う。
また悪性リンパ腫であれば、今は良い薬があるとも言っていた。
体調がどんどん悪化しているのに、いまだに何の病気なのかわからない。
とにかく早く治療してほしいのに一向に何も始まらない。
焦りと不安から心が押しつぶされそうになっていた。
夫の運転する車で大阪に帰る途中、ガソリンを補充するためにガソリンスタンドに寄った。
その時、八尾さんの携帯電話が鳴った。

次のページを読む >> 第7話「つらくて仕方がない」

この記事の著者

(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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