【ストーリー】藤井恵さん 卵巣がん 子宮体がん ステージ1

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卵巣がん、子宮体がん(重複がん、類内膜腺)サバイバー藤井さんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】藤井恵さん 卵巣がん 子宮体がん ステージ1
  2. 第1話「痛みのひどい生理」
  3. 第2話「再度の生理の時の痛み、多量の出血」
  4. 第3話「東南アジアでのボランティア」
  5. 第4話「帰国してからの漫然とした日々」
  6. 第5話「今までにない出血。桃くらいの血の塊」
  7. 第6話「太り始める腰周り」
  8. 第7話「超音波検査でわかった卵巣の腫れ」
  9. 第8話「卵巣、卵管の手術と病理検査」
  10. 第9話「彼への告白」
  11. 第10話「病理検査結果と卵巣がん、子宮がん告知」
  12. 第11話「愛おしい一日一日。積極的な毎日へ」

第2話「再度の生理の時の痛み、多量の出血」

中学生の頃から生理の痛みが強くなり高校生の時は異常なつらさを何回も経験してきた埼玉県所沢市在住の藤井恵さん(41歳、2014年当時39歳)は、短大に進学すると生理痛は落ち着き出し、結局、病院には行かずじまいとなっていた。

これまで風邪と怪我以外では病院に行ったことがない。
だから何か隠れた病気あるかもしれないなんて考えることはなかった。
短大を卒業した藤井さんは病院の栄養士として就職する。
これは栄養士を派遣する外部の会社に就職したので病院に就職したわけではないが職場は病院内だ。

最初の勤務先は函館方面の病院になった。
そこで4年間、のちに旭川にある病院に2年間栄養士として勤める。
就職してからは仕事のストレスが原因なのか、環境変化のためか、再び生理の時の痛みと多量の出血に悩んでいた。

ある日、同じ職場で一緒に働く“あねご肌”の30代の栄養士の先輩から聞かれる
「藤井さん、婦人科の方は元気なの?」
30歳を過ぎた先輩は、この年齢になると色々と体調の変化が出てくるから気を付けてねとアドバイスをしたかったようだ。
しかし藤井さんは「大丈夫です」と答えてしまう。
本当は生理痛に悩まされていたが、病気とは思っていないし、何より婦人科に行って男性医師に診られるなんて考えたくもなかった。
だから職場が病院なのに6年間で1度も受診しなかった。

一方、藤井さんは栄養士として仕事をしながらボランティア活動にも興味を持ち始めていた。
そんな時、東南アジアにある孤児院の支援活動をしているNPOに目がとまった。
寄付などで活動を支援し続けていくうちに自らに使命感を感じだす。

逆に病院での栄養士としての仕事はマンネリ化し、①献立作り、➁発注、➂検品の繰り返しで毎日に退屈していた。
仕事は忙しいけど同じことの繰り返しで変化がない。自分がやりたかったことはこれなんだろうかと感じだす。
「このままこれをやり続けていたら、これしかできない人になってしまうのが怖い」
危機感を感じるとともに栄養士の仕事にまったく魅力を感じなくなっていた。

そして2002年12月、26歳で仕事を辞めて東南アジアへ行く覚悟をする。
猛反対する両親を退け、非営利団体が運営する現地の孤児院に向かった。
「私の一生をこれにささげて良い」そんな想いから思い切った行動をした。

次のページを読む >> 第3話「東南アジアでのボランティア」

この記事の著者

(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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