子宮体がん(類内膜腺がん、頸部浸潤あり) ステージ2b サバイバー 谷口薫さんのストーリーです。
このストーリーの目次
- 【ストーリー】谷口薫さん 子宮体がん ステージ2 サバイバー
- 第1話「子宮頸がんのキャンペーン」
- 第2話「子宮頸がん検診へ」
- 第3話「子宮体がん再検査」
- 第4話「3回目の細胞診」
- 第5話「がん宣告」
- 第6話「医師とのコミュニケーション」
- 第7話「セカンドオピニオン」
- 第8話「再度のセカンドオピニオン」
- 第9話「医師との信頼関係」
- 第10話「子宮全摘出手術」
- 第11話「2度目の手術。後腹膜リンパ節郭清」
- 第12話「経過観察へ」
- 第13話「独り立ちしたビジネスウーマンに」
第11話「2度目の手術。後腹膜リンパ節郭清」
子宮体がん(ステージ2b、類内膜腺がん、頸部浸潤あり)の治療のため東京医科歯科大学医学部附属病院に転院し手術(単純広汎子宮全摘出+両側付属器摘出(開腹手術))を受けた神奈川県横浜市在住の谷口薫さん(51歳、2012年当時46歳)は、切除した組織を病理検査したら浸潤が広範囲にみられたとして、2回目の手術が必要と言われた。
2回目の手術が予定されたことで、谷口さんは難しい状況になっていく。
なぜなら、次の手術が2ヵ月も先の4月17日だからだ。
代役をお願いしてあった高校後援会と野球部後援会の仕事、地域の役員、そして週3日の配達の仕事、今後、いつ復帰できるか解らないので再びお願いせざるを得ない。
更に会社の仕事はというと事情を派遣会社に説明すると冷たくこう言われた。
「体を第一に考えてください」
つまり、谷口さんの代わりを手配するから、もういいということだった。
マズイ…、これでは昨年からスタートした仕事を完全に失いかねない。
46歳という年齢を考えると希望する職種への再就職なんて難しいだろう。
「また、ゼロからのスタートになってしまう」
働くことが好きな谷口さんは焦る。
結局、1月末付けで雇用契約終了となり、3月初旬に職場へ退職の挨拶をすることになった。
そして2012年4月17日、2度目の手術の日。
1回目によりも大きく切ったため、時間は4時間以上かかった。
後腹膜リンパ節郭清手術で、はぎ取ったリンパ節を病理検査にまわしたところ、がんの転移は無かったとして、抗がん剤治療は行わないことになる。
ホッとして安心した。
10日後の4月26日に退院したが、その後の経過は意外なことになる。
3週間後、外来に行き検査すると腹部に「2cm」のリンパのう胞があると言われた。
それから1週間も経っていない5月21日月曜日、谷口さんは急にお腹が痛くなりうずくまる。
心配する夫と話し、自ら救急車を呼んだ。
ただ、横浜から東京医科歯科大学医学部附属病院までは遠いし、揺れるからと近所の病院に運ばれる。
しかし、よその病院のがん患者ということもあり、結局、入院はせずその日自宅に戻される。
翌日、朝から雨模様だったが、東京医科歯科大学医学部附属病院で診てもらうと、リンパのう胞が「8cm」にまで肥大していると言われた。
主治医が外来を務める25日金曜日に再び行くと、相談の結果、そのまま入院となった。
次のページを読む >> 第12話「経過観察へ」この記事の著者
大久保 淳一(5yearsプロフィール)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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