【ストーリー】谷口薫さん 子宮体がん ステージ2 サバイバー

    子宮体がん(類内膜腺がん、頸部浸潤あり) ステージ2b サバイバー 谷口薫さんのストーリーです。

    このストーリーの目次

    1. 【ストーリー】谷口薫さん 子宮体がん ステージ2 サバイバー
    2. 第1話「子宮頸がんのキャンペーン」
    3. 第2話「子宮頸がん検診へ」
    4. 第3話「子宮体がん再検査」
    5. 第4話「3回目の細胞診」
    6. 第5話「がん宣告」
    7. 第6話「医師とのコミュニケーション」
    8. 第7話「セカンドオピニオン」
    9. 第8話「再度のセカンドオピニオン」
    10. 第9話「医師との信頼関係」
    11. 第10話「子宮全摘出手術」
    12. 第11話「2度目の手術。後腹膜リンパ節郭清」
    13. 第12話「経過観察へ」
    14. 第13話「独り立ちしたビジネスウーマンに」

    第13話「独り立ちしたビジネスウーマンに」

    子宮体がん(ステージ2b、類内膜腺がん、頸部浸潤あり)の治療のため東京医科歯科大学医学部附属病院に転院し2012年1月に手術(単純広汎子宮全摘出+両側付属器摘出(開腹手術))を受けた神奈川県横浜市在住の谷口薫さん(51歳、2012年当時46歳)は、4月に後腹膜リンパ節郭清手術、5月に合併症の治療入院と続いた。2012年9月に短期の仕事に就いた。

    年が明けて2013年3月。
    なかなかハローワークで仕事が見つからないので、2年前に働いていたテレマーケティング会社に連絡。
    筆記試験とPCスキルチェックを受けた後、会社側の人と面談したが、相手は以前の上司だった。

    「ずっと谷口さんを探していたんだよ」
    そう大歓迎してくれた。

    さっそく採用が決まり、再び働き出す。
    久しぶりに働く高層ビルでのコールセンター業務。分刻みの仕事にワクワクした。
    だが、この2年間に時は流れ、コールセンターの仕事はペーパーレスとなり様変わりしていた。
    要求レベルが高く、新しいやり方に慣れるのは至難の業だった。
    復帰したテレマーケティング会社での「コミュニケーター」の仕事。
    上司は何度か時間を割き、体調と業務の状況について相談にのってくれたが、谷口さんは、3ヵ月の雇用契約期間満了時に延長希望をせず6月末に退職した。

    この頃、3回目の退院から1年が経っていた。

    谷口さんは、なんとかして安定したやりがいのある仕事と出会いたいとして、その後も探し続けていた。
    すると以前、登録した職業紹介サイトから毎日のように配信される仕事情報の中に病院での求人情報があり、とても気になった。
    早速、新宿の派遣会社へ登録し、面接、簡単なパソコンスキルのチェック、一般常識のテストを受けたが、その病院への仕事紹介が決まる。
    担当者と病院へ面接に行くと、その日のうちに採用が決まり、1週間後から働くことになる。

    この病院は32床の病院で人間ドックに力を入れている医療法人だった。
    ここ1年半、病院でお世話になったので、何となく縁を感じた。

    仕事の内容は、前の年に人間ドックを受診したけれど、今年はまだ予約されていない人に健康診断を促す電話連絡をする仕事。
    この病院では初めての試みで、7月から12月までの半年間、短期的・試験的に行う仕事だ。
    つまり、誰も経験したことがなく谷口さん一人でゼロから始めるものだという。

    病院の人たちは「取り敢えず、なんで人間ドックの予約をしてくれないのか、解かるだけでもいいから」というスタンスで、この電話が人間ドックの予約につながるとは期待していない。

    期待も、特段の指図もない中、手探りでやり始めた。

    すると…、
    周囲の予想に反して、人間ドックの予約が増えていく。
    病院側は嬉しくてびっくり驚く。
    あまりの好成績なので、年末に、更に1年間の期間延長を依頼された。

    それから、2014年、2015年と、病院のマーケティング戦略として谷口さんは活躍。
    この業務はコミュニケーターの腕の見せ所だった。

    「ごめん、今年は、他の病院で受診いちゃったんだ」
    「健保組合がお宅の病院との契約を更新しなかったみたいなんだよ」
    「そろそろ、(人間ドックに)行かなくちゃと思っていたんですよ。予約します!」
    「あ~、ちょうどよかった、この電話で予約できるかな」

    更に、派遣会社と2年越しの話し合いの結果、2016年4月より社会保険への加入手続きが完了。

    一人前の独り立ちしたビジネスウーマンに50歳でなれた。

    そして、今年(2017年)、がんから5年の記念日を無事にクリア。

    一時はどん底のような時もあったが、あれから5年、人生の高みに登り続けている谷口さんだ。

    >>谷口薫さんの「インタビュー」はこちら

    >>谷口薫さんの「がん経済」はこちら

    取材:大久保淳一

    この記事の著者

    (5yearsプロフィール)

    日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
    2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
    現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
    >>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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