肺腺がん ステージ4 サバイバー 森山宏則さんのストーリーです。
このストーリーの目次
- 【ストーリー】森山宏則さん 肺腺がん(肺がん) ステージ4 サバイバー
- 第1話「肺に陰影」
- 第2話「半年というキーワード」
- 第3話「命と向き合うつらい日々」
- 第4話「胸腔鏡手術」
- 第5話「経過観察にて」
- 第6話「再発」
- 第7話「肺腺がんの転移、ステージ4」
- 第8話「長期休暇、長い治療へ」
- 第9話「自分と向き合い、死を覚悟して」
- 第10話「運命を受け入れて前向きに」
- 第11話「がんの影が縮小」
- 第12話「肺がん発症から8年目」
第1話「肺に陰影」
「とうとう5年という時間が経った。5%の人の中に入れた…」
肺腺がん(肺がん)ステージ4という状況のなか、1つの通過点を越えた日。
素直にうれしかった。
2010年4月、宮城県仙台市在住の森山宏則さん(45歳、2010年当時38歳)は、医療系の専門学校に転職した。
23歳から理学療法士として15年余り医療機関で働いてきた。
今後は教育機関で理学療法士を育成する仕事に力を注ぎたいとして転職。
教員としてのキャリアをスタートさせた。
入社して3ヶ月後、職場での健康診断があった。
毎年受診していたが、この年は転職先で受けることになった。
健康診断から1ヶ月後、結果レポートが自分のデスクに置かれていた。
封を開けるとコメントが記されている。
“右肺に陰影を認める。要・再検査”
なんだろ…、こんなの初めてだ。
ただ、あんまり大ごとにはとらえていなかった。
なぜなら、まだ38歳と若い。
しかも体調が悪いわけではない。
もし咳でも出てたら気になるかもしれないが、咳もないし胸がゼコゼコするわけでもない。
どうしようかな…と思って上司に相談すると、
「ええ、もちろん、(再検査を)受けてください」
そう言われ、9月18日に仙台市内のクリニックを訪れた。
CT画像検査と読影を専門的に行う医療機関だった。
病院で「大丈夫です」と言われるだろうし、それを確認したかった。
この時点では、ある意味、上司に言われたので仕事として受診しているような感じだった。
待合室にいると名前が呼ばれ診察室に入る。
そこには50代の物静かな男性の医師が座っていた。
この記事の著者
大久保 淳一(5yearsプロフィール)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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