肺腺がん ステージ4 サバイバー 森山宏則さんのストーリーです。
このストーリーの目次
- 【ストーリー】森山宏則さん 肺腺がん(肺がん) ステージ4 サバイバー
- 第1話「肺に陰影」
- 第2話「半年というキーワード」
- 第3話「命と向き合うつらい日々」
- 第4話「胸腔鏡手術」
- 第5話「経過観察にて」
- 第6話「再発」
- 第7話「肺腺がんの転移、ステージ4」
- 第8話「長期休暇、長い治療へ」
- 第9話「自分と向き合い、死を覚悟して」
- 第10話「運命を受け入れて前向きに」
- 第11話「がんの影が縮小」
- 第12話「肺がん発症から8年目」
第10話「運命を受け入れて前向きに」
2012年4月、肺腺がん(肺がん)の再発を告げられた宮城県仙台市在住の森山宏則さん(45歳、2012年当時40歳)は、その後の生検の結果、肺腺がん(ステージ4)、ALKとわかり治療が始まることになっていた。
ALKに効くかもしれない治療薬として抗悪性腫瘍剤「ザーコリ」を紹介された。
「効くかもしれない」と言うのは、この年に承認されたばかりの新薬で、まだ治療実績が報告されていないからだ。
仙台厚生病院では森山さんが第一号の患者になるという。
ただ、治験ではかなり高い有効性が報告されていたため、主治医も森山さんも期待を寄せた。
新薬「ザーコリ」の副作用をみるため7月4日から約20日間、入院しての治療が開始。
1日2回、ただ「ザーコリ」を経口で服用するだけの退屈な入院。
幸いにも副作用は強くなく予定通り退院し、今後は自宅で治療することになる。
在宅での治療が始まると森山さんはこれまで温めていた計画を実行する。
それはお世話になった人たちに会って挨拶することだった。
まず30人ほどをリストアップしてがんの事実を明かすメールを送信。
「自分の運命を受け入れて前向きに生きていきます」そういう内容だった。
そして買ったばかりの新車に乗り仙台を出発してお世話になった人たちに会う旅に出る。
まず埼玉県に住んでいる兄。
それから東名高速を走り大阪府の友人たちを訪れた。
会うたびに「お前、がん患者には見えないよ!」そう言ってご馳走してくれた。
阪神甲子園球場にも立ち寄り夏の全国高校野球も観戦。
更に西に向かい、以前勤めていた兵庫県の職場も訪れた。
友人・先輩に会うたびに「ぼくは、もうすぐ死にますから」そう伝えた。
その後は岡山県の友人、山口県の友達、長崎県の元同僚…。
仙台から出発した車は九州まで来ていた。
それから…。
島根県の実家に立ち寄り両親を車に乗せて仙台に帰宅。
あっと言う間の2週間だったが、とても中身の濃い一人旅だった。
この頃の体調はというとザーコリを服用してから脇腹にあったつっぱり感が緩和されていた。
「もしかして、これ効いてるんじゃないかな」
そんな気がして少しうれしかった。
ただ過度の期待をしてあとから裏切られるのが嫌な森山さんはあくまで期待度をコントロールしていた。
この記事の著者
大久保 淳一(5yearsプロフィール)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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