【ストーリー】森島俊二さん 大腸がん(S状結腸がん) 肝転移 ステージ4 サバイバー

S状結腸がん ステージ3a→ステージ4、肝転移 サバイバー 森島俊二さんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】森島俊二さん 大腸がん(S状結腸がん) 肝転移 ステージ4 サバイバー
  2. 第1話「36歳での健康診断」
  3. 第2話「便潜血検査陽性から大腸内視鏡検査」
  4. 第3話「グループ5に近いポリープ」
  5. 第4話「腹腔鏡によるS状結腸がん切除」
  6. 第5話「術後の補助化学療法と会社への復帰」
  7. 第6話「肝臓への転移」
  8. 第7話「中途半端なプロポーズ」
  9. 第8話「悪化してきた黄だん」
  10. 第9話「低い5年生存率。人は人。自分は自分」
  11. 第10話「人は人。自分は自分」
  12. 第11話「続くだるさと下痢」
  13. 第12話「荒波にもまれた10年」

第8話「悪化してきた黄だん」

2007年の大腸がん(S状結腸がん)、2009年の肝臓転移を乗り越えた神奈川県海老名市在住の森島俊二さん(46歳、2009年当時39歳)は、翌年に朋子さんと結婚した。スポーツクラブにも再入会し元の生活を取り戻していた。

肝臓に転移したがんの手術を終えてからは、結婚、スポーツクラブ再入会と幸せなことが続いていた。
森島さんと朋子さんはそれぞれ40歳、37歳になっていたが、子供は欲しかった。
ただ抗がん剤「UFT」を使用すると、その後しばらくは難しいことも知っていた。
二人にとって悩ましい問題だったがあきらめてはいなかった。

そんな矢先の2012年1月、森島さんに異変が起こる。
夜、寝る前、足の裏がかゆくて仕方がなくなる。
何となく顔も黄色っぽい。
1週間経ったら尿が紅茶のような色になる。
でも仕事が忙しくて中々病院に行けずじまいでいるとどんどん悪化してきた。

1月15日に例の相模原市の総合病院に行くとこれは皮膚科じゃないと言われ外科にまわされる。
血液検査の結果、血中の「ビリルビン」の値が基準値を大きく上回っていた。
「黄だん」だった。
検査結果が出るや否や即この日に入院となる。
森島さん自身「今までとは違ったことが起きている」と感じた。
CT画像検査の結果、胆管がつまっていてビリルビンの値が上がっているとわかる。
考えられるのは、胆のうがんか、大腸がんのリンパ節転移によりリンパ節が腫れあがり胆管を押しつぶしているかのどちらかだ。
医師は後者の可能性が高いと判断。
つまり2度目の転移だった。

治療としては狭まった胆管を内側から押し広げるためにステントを通す手術。
さっそく内視鏡で行われた。

手術は無事に済んだものの、このころ熱が一週間40度近くまで上がり苦しんだ。
もう一つの治療は絶食して点滴だけで栄養分を取り、時間とともに黄だんがひくのを待つ方法。
なんともまったりとした治療で暇で時間を持て余すのだが、同時に体力と気力がぐっと落ちた。
やる気がなくなり急激に心身が細っていくような感じだった。

結局1ヶ月半も入院することになったが、マーカーの「ビリルビン」の値は徐々に下がり正常値にまで戻った。
そして3月に退院した。

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この記事の著者

(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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