S状結腸がん ステージ3a→ステージ4、肝転移 サバイバー 森島俊二さんのストーリーです。
このストーリーの目次
- 【ストーリー】森島俊二さん 大腸がん(S状結腸がん) 肝転移 ステージ4 サバイバー
- 第1話「36歳での健康診断」
- 第2話「便潜血検査陽性から大腸内視鏡検査」
- 第3話「グループ5に近いポリープ」
- 第4話「腹腔鏡によるS状結腸がん切除」
- 第5話「術後の補助化学療法と会社への復帰」
- 第6話「肝臓への転移」
- 第7話「中途半端なプロポーズ」
- 第8話「悪化してきた黄だん」
- 第9話「低い5年生存率。人は人。自分は自分」
- 第10話「人は人。自分は自分」
- 第11話「続くだるさと下痢」
- 第12話「荒波にもまれた10年」
第2話「便潜血検査陽性から大腸内視鏡検査」
会社の健康診断で便潜血が見つかり再検査が必要と報告されたが特に気にしなかった神奈川県海老名市在住の森島俊二さん(46歳、2006年当時36歳)は、それから1年後にトイレのたびに出血し、貧血症状が出てくる。
出血と今回の貧血でさすがに心配になった。
体力には自信があった森島さんだが週末のスカッシュでもすぐに疲れてしまう。
だから、ついに決意して会社全体が夏休みになる7月下旬、相模原市にある中規模の総合病院に行った。
痔(ぢ)ですねと言われることを期待して外科を訪れる。
しかし医師は肛門を触診して言う。
「これは痔ではありません。なるべく早く大腸内視鏡検査をしましょう」
それから1週間後の7月31日、内視鏡検査を受けるために再び病院を訪れた。
2リットルもある下剤を飲み大腸の中を空にして検査に臨む。
森島さんと同じ検査を受ける人たちが待合室に6人ほどいたが、森島さんはなかなか腸がきれいにならず、最後に検査を受けることになった。
この病院では鎮静剤を打って本人が寝ている状態で内視鏡検査を受けることができる。
検査が終わり、うとうとした眠りから目が覚めて待合室に戻ると直ぐに診察室に来るように案内された。
ノックしてはいる。
なんとそこには父親と母親がいた。
帰りが遅いと心配して病院に来た両親だったが先に医師に呼ばれ説明を聞いていた。
2人とも冷静に淡々と聞いている。
壁には内視鏡検査のポスターが貼ってあり、森島さんが先週インターネットで観たのと同じポリープの写真もあった。
狭い診察室に4人。
医師はこの日内視鏡で撮影した森島さんの大腸の中の写真をパソコンの画面に映し出した。
「生検に出さないと悪性かどうかわからないですが、観るからに悪性だと思いますよ。病理検査の結果がでたらすぐに手術できるように準備しましょう」
医師が言う「悪性」が「がん」を意味していることは理解できた。
ただ意外と冷静で、がん=死とは思っていない。
身内に誰ひとりとしてがんを患った人がいなかったからあまりピンとこなかった。
次のページを読む >> 第3話「グループ5に近いポリープ」この記事の著者
大久保 淳一(5yearsプロフィール)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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