【ストーリー】斉藤礼子さん 子宮体がん ステージ1 サバイバー

    子宮体がん ステージ1b サバイバー 斉藤礼子さんのストーリーです。

    このストーリーの目次

    1. 【ストーリー】斉藤礼子さん 子宮体がん ステージ1 サバイバー
    2. 第1話「不正出血」
    3. 第2話「止まらない出血」
    4. 第3話「別のクリニックへ」
    5. 第4話「子宮体がんの診断」
    6. 第5話「腹腔鏡による手術」
    7. 第6話「抗がん剤治療は見送りに」
    8. 第7話「幸せな"普通の当たり前の生活”」

    第6話「抗がん剤治療は見送りに」

    2016年、毎日のように不正出血が起きていた神奈川県横浜市在住の斉藤礼子さん(50代)は、横浜市立大学附属病院で子宮体がん(グレード1、ステージ1b)を告げられ、腹腔鏡による手術(腹腔鏡下準広汎子宮全摘、腹腔鏡下骨盤リンパ節郭清、後腹膜鏡下傍大動脈リンパ節郭清)を受けた。

    後に知ったが、手術が終わったあと、医師が切除した臓器を確認のために家族に見せてくれたと言う。

    手術から3日が経った4月7日、リハビリのために点滴棒をもって病院内を歩き回った。
    翌4月8日、身体についている様々なチューブが取れる。
    お腹には腹腔鏡の手術の痕の傷が7ヶ所あるが、大きな痛みがないのがありがたかった。

    そして手術から5日目の4月9日、ついに退院。
    家族に連れられて自宅に帰ると冷蔵庫の中は空っぽ。
    これはいけないとその日の夕食を作るために自分で車を運転してイトーヨーカ堂に食材を買いに出かけた。
    がんの手術を受けた後なのに身体が動くのが嬉しかった。
    「お金はかかったけれど、やはり腹腔鏡で正解だった」斉藤さんはそう感じた。

    退院から1週間後の4月16日、経過を診るために横浜市立市民病院を訪れた。
    すると主治医からこう説明される。
    「取った卵巣と卵管の病理検査をしたのですが、(がんの)転移は認められませんでした。ただ、郭清したリンパ節に小さながんが1つ見つかりました。正直、よくこんな小さながんを見つけたなというくらいの大きさでしたけど」

    その上で、今後は手術後の抗がん剤治療をお勧めするという。
    抗がん剤治療…、そもそも病院が嫌いで、抗がん剤治療に抵抗がある斉藤さんは気が乗らない。
    「少し考えさせてください」と残して帰宅した。

    それからは手術後の抗がん剤治療を受けるべきか、やらなくてもいいか、ずっと考えた。
    “そんな小さながんなら、もう手術して取っちゃったんだし”
    そんな想いから夫に抗がん剤治療を受けたくないと伝えた。

    1週間後、診察室で同じことを主治医に伝えると驚かれ「えっ?!ご主人はそれでいいんですか?」確認される。
    夫は家内が決めたことなのでと返した。
    斉藤さんは、医師に術後抗がん剤治療について再確認すると、主治医は抗がん剤治療を受けた方が再発率は下がるが、抗がん剤を受けたから100%再発しないという訳ではないと説明。

    結局、やらないことになり、その代わり、経過をしっかり診ていきましょうとなった。

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    この記事の著者

    (5yearsプロフィール)

    日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
    2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
    現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
    >>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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