【インタビュー】斉藤礼子さん 子宮体がん ステージ1 サバイバー

    子宮体がん ステージ1b サバイバー 斉藤礼子さんのインタビューです。

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    目次

    基本情報

    名前: 斉藤礼子さん
    年代: 50代、女性
    病名: 子宮体がん
    病理: 
    進行: ステージ1b、グレード1
    発症年月: 2016年秋
    発生時年齢:52歳
    受けた治療: 腹腔鏡による外科手術(腹腔鏡下準広汎子宮全摘、腹腔鏡下骨盤リンパ節郭清、後腹膜鏡下傍大動脈リンパ節郭清)    
    治療期間: 2017年4月
    合併症:
    職業: 
    生命保険会社:全労済

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    当初、更年期を疑われネット検索されます。更年期の症状に頻繁な不正出血はありましたか?この頃は、病気ではなく更年期障害と信じたかったのでしょうか?それとも、純粋にそう想像していたのでしょうか?

    年齢的にも更年期での不正出血と思い、そう信じていました。

    40代半ばで子宮頸がん検診を1回受けられました。その後、まったく受けなかったのでしょうか?がん検診を受けないことに心配は無かったでしょうか?

    はい、それ以降は受けていません。自分がガンになるなんて(みんなそうだと思いますが)
    思ってもいませんでしたので特に心配はしませんでした。

    近所の産婦人科クリニックを訪れ、子宮頸がん・子宮体がん検査を受けましたが、医師は結果を伝えてくれませんでした。でも、逆にその医師に検査結果を教えてくださいと言いづらい雰囲気だったのでしょうか?

    異常がないから結果を伝えないのだと思いました。でも、そもそも、その検査結果が間違っていたのですから仕方ないですよね、何のための検査かと憤りを感じます。

    2016年の夏以降は、ほぼ毎日ナプキンをしていないと心配な状況だったと伺いました。異常とは思いませんでしたか?それとも、こんなものと理解されていたのでしょうか?

    これはかなり異常では・・・と感じ始めました。

    通っていた婦人科クリニックの医師は、続いている不正出血に収束の見込みとか、いつ頃まで続くとか、何らかの見立てを教えてくれましたか?

    いえ、ただ出血を止めることだけに必死のようで、収束の見込みや見立てなどまでは
    余裕がないようでした。

    2016年は、1月から始まった不正出血が10月には日常的な症状になっていますが、当時、どのようなお気持ちだったのでしょうか?

    あまりに続く出血にもしかして更年期だけではないのでは?と思うようになりました。

    毎日続く不正出血、当時、ご主人とお母さまは何と言われていましたか?

    一応クリニックで診てもらっていたので、「様子をみたほうがいいね」と言っていました。

    心配になりネットで調べて「子宮内膜増殖症」という病名を見つけた時はどのように感じましたか?

    体癌の前兆となり得る症状となっていたので、とても心配になりました。

    最初のクリニックの医師はのらりくらりとした対応だったと伺いました。その病院の評判はいかがでしたか?

    地元では割と患者さんが多くきていたので、まあ安心して通っていましたが、後から知り合いの奥さんによると“あそこはヤブだよ”と言っていました。

    翌年2017年、別の婦人科クリニックを訪れ、「これはマズイですよ」と言われた時の状況とお気持ちを教えてください。

    何か嫌な予感はしていましたが、実際に医師の言葉を聞いたときはショックで信じられませんでした。

    別のクリニックから横浜市立大学附属病院を紹介されます。初診までの期間、さぞかし不安だったのではないでしょうか。この頃、自分の病気は何と想像されていましたか?

    ネットで調べまくり、症状からいっても、もしかすると体癌?かと。

    2017年2月、横浜市立大学附属病院でがんの疑いを告げられます。この時の心境を教えてください。お一人で聞かれたのですか?

    はい、一人でした。やっぱり・・と思い涙がとまりませんでした。

    医師が慎重に死の可能性もあり得るのだと示唆したとき、どのようなことが頭をよぎりましたか?

    一瞬頭が真っ白になり、娘の入学式に出られなかったらどうしようと思いました。

    翌週「子宮体がん、グレード1、ステージ1b」の見込みと言われた時はホッとされましたか?

    女医さんはとても良く説明をしてくれましたので、この程度ならなら大丈夫という言葉が
    心強かったです。

    いつごろ、お仕事をやめられたのでしょうか?休職ではなくて、退職を選ばれた理由を教えてください。退職で良かったとお考えですか?

    娘の受験を理由に2017年9月で退職しました。パートでしたし、体調も不安だったので思い切って退職してよかったと思います。

    子宮体がんにも関わらず、卵巣、卵管までも切除すると言われた時、なぜそのような手術をするのか理解できましたか?

    そのころには色々調べていたのでわかっていましたが、できれば取らないで済むものは残してほしいという願望はありました。でもいまの体癌術婦人科ガイドラインでは無理のようです。

    子宮体がん、ステージ1bの場合、開腹が主流の標準治療で、腹腔鏡によるオペは保険適用にならないと説明されます。この時、どのように感じましたか?理解できましたか?

    保険がきかないのでお金がかかる!この事が一番大変に思いました。1aなら保険適用になるという事で、その違いは何なの?!納得いかないことばかりでしたが、身体のことにはかえられないと考えるしかありませんでした。友人達が調べてくれたり、社会保険事務所に電話をして聞いてくれたりして親身になってくれました。

    転院について主治医に切り出すことをためらわれます。医師に転院したいというのは難しいことでしょうか?

    良い医師であればあるほど言い出しにくいと思います。

    転院先の病院で「70万円で先進医療扱いになります」と言われた時の心境を教えてください。もし仮に、もっと高額でこれでは腹腔鏡手術を受けたくないとなった場合は、どうされたと思いますか?

    そんなにお金が・・・がん保険、もちろん先進医療の保険などには何も入っていませんでしたので愕然としました。それでもやはり腹腔鏡術を選択すると思います。

    がん手術を控えている間、娘さんが大学受験に合格して入学式を迎えられます。とても幸せなことが家族に起こっている訳ですが、どのような心境で毎日を過ごされていましたか?

    手術までの毎日はとにかく眠れず、術後は後遺症(特にリンパ浮腫)ばかり心配でした。

    娘さんは、母親の子宮体がんのことをどのように感じていた様子でしたか?

    大変な病気だとは思っていたと思いますが、心配をかけたくなかったのであまり詳しくは説明しませんでした。

    2017年4月、無事に外科手術が終わります。体調はいかがでしたか?

    当日は大変でしたが、穴をあけた痛みなどほとんどなくすぐに歩きました。

    退院し、自宅に戻った日に夕食づくりのためスーパーに買い出しに行かれます。体調は如何でしたか?

    退院した日に車を運転できるなんて、これも腹腔鏡術のおかげだと思いましたね。

    外科手術で切除した組織を病理検査した結果、取り除いたリンパ節にがん細胞が見つかったと言われました。この時の心境を教えてください。

    卵管、卵巣には転移がなくリンパ節にというのが不思議でしたが、やはりショックでした。

    この頃、ご家族がしてくれたことで感謝していることは何ですか?

    実家の両親がとにかく栄養のあるものという事で、退院後は栄養豊富な食事を作ってくれました。

    主治医から術後抗がん剤治療を勧められた時の心境を教えてください。

    やはりきたか・・・実は術前から抗がん剤はやりませんと医師に伝えていました。

    結局、術後抗がん剤治療を受けられないことに決められます。心配はありましたか?

    主治医の指示に背くわけですからもちろん心配はありました。でも自分の体のことは自分で決めたかった。

    治療前、治療後、心の浮き沈みに、どのように向き合いましたか?

    不安はありましたが、とにかく自分を信じるしかありませんでした。

    女性のがんである子宮体がんを経験され、女性特有の臓器を失うことを、どのように感じられましたか?

    良く聞く話で、もう年齢的にも必要ないでしょうと医師にいわれるそうですが、全く失礼な言い方だと思います。子宮、卵管は仕方ないとしてもホルモンを司る卵巣だけでも残したいとおもいました。

    退院から2ヶ月ほどで、結婚式の司会のお仕事に復帰されます。体調的には大丈夫だったのでしょうか?精神的にはいかがでしたか?

    退院後は食事や運動などとにかく気を付けていたので、体調は日増しに良くなりました。身体が回復するにつれて精神的にも元気になりました。

    今、治療から1年以上が経ちました。振り返ってどのように感じられていますか?

    術後からは一年と3か月ですが、本当に悩み考えました。

    がんになって失ったもの、得たものは何ですか?

    【得たもの】
    健康に感謝する気持ち

    【失ったもの】
    子宮、卵管、卵巣

    大切にしている言葉は何ですか?

    特にありません。

    現在治療中の方々に伝えたいことを教えてください。

    難しいとは思いますが、医師の言う通りではなく自分で治療法や手術の方法などを選択できるように、沢山調べて下さい。

    現在治療中の患者さんのご家族に伝えたいことを教えてください。

    本人のことを信じてあげて下さい。

    斎藤さんが、いま、やられていること、今後、やろうとされていること、やりたいことは何ですか?

    先進医療となってしまう手術を保険適用にし、リスクの少ない方法で患者さんが術後の後遺症などで苦しむことのないようにできたらいいなと思います。

    がん患者がしてはいけないこと(3つ)

    乱れた食生活

    がん患者がするべきこと(3つ)

    自分の考えを信じる

    周囲から掛けられた言葉で、嬉しかった言葉

    特にありません

    周囲から掛けられた言葉で、不愉快に感じた言葉

    髪の毛はすぐに生えてくるよ

    当時参考にした本

    がんに負けない再発させない101のワザ

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    取材:大久保淳一

    この記事の著者

    (5yearsプロフィール)

    日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
    2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
    現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
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