進行性大腸がん(直腸がん) ステージ3 サバイバー 加藤由正さんのストーリーです。
このストーリーの目次
- 【ストーリー】加藤由正さん 直腸がん ステージ3 サバイバー
- 第1話「40歳。便潜血(+)陽性反応」
- 第2話「56歳。2年連続で陽性反応」
- 第3話「人間ドック」
- 第4話「大腸内視鏡検査~直腸がんの診断」
- 第5話「セカンドオピニオン」
- 第6話「進行性大腸がん(直腸がん)、ステージ3A」
- 第7話「超低位前方切除術」
- 第8話「手術後」
- 第9話「7年目を迎えて」
第3話「人間ドック」
40歳の年に受けた健康診断で便潜血サンプルの一つに陽性反応が認められたが、その後の再検査で問題は見つからず安心していた埼玉県所沢市在住の加藤由正さん(65歳、2011年当時57歳)は、55歳から2年連続で陽性反応が出ていた。
加藤さんは大学時代からお付き合いしていた彼女と23歳の時に結婚。
4年後に長女が誕生し7年後に次女と可愛い娘たち2人に恵まれた。
やがて2人とも社会人となり、長女がイギリスに転勤してからは妻と次女の3人暮らしとなる。
二人とも立派な社会人になっていて、父親としての大きな役目は果たせたと感じていた。
そんな頃、健康保険組合から送られてくる「人間ドック」に関するお知らせに目が留まった。
ある一定額まで組合が負担してくれるため、料金が抑えられる人間ドックの案内だった。
あと3年で60歳の区切りが来ることだし、せっかくだから利用してみようと言う気持ちになる。
そして自宅に近い所沢中央病院に連絡し、人間ドックの予約を入れた。
「(同じ時期に)会社の健康診断と自分で受ける人間ドックと2つも受けて意味あるのかな…」と思いつつも受診した。
はたして検査結果はというと、やはり両方とも同様の内容で、しかも前年、前々年と同じく便潜血検査結果(+)/(-)だった。
ただ1つ違う点があった。
それは人間ドックの検査結果レポートが自宅に郵送されたことだ。
自宅のリビングで封を開けて読み、結果レポートをポンとテーブルの上に置いた。
すると一緒にいた28歳の次女がそれを読み、こう聞く。
「この便潜血検査結果、(+)/(-)って何?」
説明すると…、陽性なのに再検査の予約を入れないの?それでいいの?と突っ込みが入り、しまいには「再検査を受けないなら、もう、家族一緒の外食には行かないよ」と冗談交じりに脅される。
年齢が50代後半になり、家族と時々出かける外食が楽しみの一つの加藤さんは、やれやれと思い再検査を受診する。
最愛の娘から自分の健康のことを気にかけられ嬉しかったことも事実だ。
年が明けて2011年1月、加藤さんは予約をとってあった所沢中央病院に出かける。
待合室にいると名前が呼ばれ診察室に入る。
そこには、ハキハキと話す40代の男性医師が座っていた。
医師の問診を受け、翌日の大腸内視鏡検査について説明を受けた。
この記事の著者
大久保 淳一(5yearsプロフィール)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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