【ストーリー】関根亜希子さん 乳がん(浸潤性乳管癌) ステージ2 サバイバー(トリプルネガティブ)

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浸潤性乳管がん トリプルネガティブ ステージ2B サバイバー 関根亜希子さんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】関根亜希子さん 乳がん(浸潤性乳管癌) ステージ2 サバイバー(トリプルネガティブ)
  2. 第1話「乳がん検診」
  3. 第2話「右胸のしこり」
  4. 第3話「生検」
  5. 第4話「極めて高いがんの疑い」
  6. 第5話「ごめんね」
  7. 第6話「トリプルネガティブ」
  8. 第7話「つらい報告」
  9. 第8話「がん転移の告知」
  10. 第9話「抗がん剤治療、CEF療法」
  11. 第10話「抗がん剤治療終了。手術へ」
  12. 第11話「全摘か部分切除か」
  13. 第12話「職場への復職」
  14. 第13話「がんになったことは私にとってほんの一部のこと」

第7話「つらい報告」

2015年に右胸とわきの下の2ヵ所にしこりが見つかり浸潤性の乳がん(トリプルネガティブ)と診断された埼玉県在住の関根亜希子さん(41歳、2015年当時40歳)は、中規模の総合病院で治療を受けることにした。

乳がんの確定診断を受け、このことを両家の親に報告した。
つらい報告になった。
関根さんの実の母親は泣きだし「なんで…?」を繰り返す。

「なんで、あんたが“がん”にならなきゃいけないの。私が替わってあげたいよ」

涙が止まらない。
泣いてばかりの母親をみると自分はなんて親不孝な娘なんだとつい自分を責めてしまう。
一方の父親は口数少なく、我慢して耐えているようだった。
これから治療で大変な時は保育園への送り迎えなど孫の世話をしてくれると言われ心強く感じた。

会社にも今後の治療方針について説明した。
すると、これまで担当していた障害者の就労サポートというメインの仕事から外された。
悲しいし、悔しい。
でもこの先、体調がどうなるのか解らないし、治療生活も読めないから仕方がない。
抗がん剤を投与する1クール目は、すべてが初めてのことだからと1ヶ月間休みを取ることにした。
10日間ほどあった有給休暇はすべて使うことになる。

こういう時、契約社員は立場が弱いと感じた。
フルタイムで働き、厚生年金にも加入しているが、会社の療養休暇制度の対象にはならなかった。
正社員であれば、一定期間有給で休める制度だと言う。

一方、義理の母親から治療はがん専門の病院で診てもらった方がいいのではないかと連絡がきた。
具体的には、東京都江東区にあるがん研有明病院がお勧めだと言われる。

夫の正明さん(仮名)が埼玉の自宅に近いその(中規模の)病院が良いとして医師に紹介状を書いてもらっていたが、今度は嫁のことを想う義理の母が強く勧める。

通いやすさ、専門性、今後のこと、色んなことを考え改めて家族で相談し、結局クリニックの医師にがん研有明病院への紹介状を改めて書いてもらった。

7月は、仕事、病院選びとドタバタだった。

次のページを読む >> 第8話「がん転移の告知」

この記事の著者

(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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