前立腺がん 大腸がん(直腸がん) ステージ3a サバイバー吉田さんのストーリーです。
このストーリーの目次
- 【ストーリー】吉田博行さん 前立腺がん 大腸がん(直腸がん) ステージ3a
- 第1話「貴重な経験」
- 第2話「重なる転職」
- 第3話「営業部門の宴会にて」
- 第4話「一滴も出ないオシッコ」
- 第5話「前立腺肥大の疑い」
- 第6話「前立腺がんの疑いへ」
- 第7話「検査入院。生検による細胞診。」
- 第8話「リンパ節転移。手術ができない。」
- 第9話「食欲不振」
- 第10話「嘔吐、血の混じる大便、残尿感」
- 第11話「重篤な大腸(直腸がん)」
- 第12話「アバスチンの副作用 血栓」
- 第13話「間質性肺炎の発症」
- 第14話「元気に続ける治療」
第8話「リンパ節転移。手術ができない。」
PSA値が異常に高いとして東京医療センターで再検査を受けた東京都世田谷区在住の吉田博行さん(65歳、2011年当時60歳)は、2011年12月に前立腺10ヵ所を生検した結果、前立腺がんと診断された。
がんを告げられたから1週間後、PET検査とCT画像検査が行われた。
さらに3日後の1月16日、骨シンチグラフィー検査を受けた。
その検査のあと外来で担当医からこう言われる。
「CTの結果が届きました。左側のリンパ節に転移が認められるとの所見です。残念ながら手術はできません」
がく然とした。
がんの告知も重かったが、がん転移の告知はそれ以上に重かった。
必死になって理解しようと担当の女性の医師が言うことに耳を傾け一生懸命に聞いた。
「先生、どういう治療方法があるんですか?」
今後は2つの治療を行うという。
最も重要なのは男性ホルモンを低下させる薬「リュープリン」を注射するホルモン療法。前立腺がんの進行を遅らせるためだ。
がん細胞の増殖を阻害する薬「カソデックス」の服用。
翌月2月2日より、そのリュープリン注射が開始された。
このころ会社にがん治療のことを伝え週2~3回の出社に減らしてもらっていた。
一方、骨シンチグラフィー検査の結果、骨への転移はないと伝えられ胸をなでおろしたが、リュープリンを長く打ち続けていると場合によっては耐性ができて効かなくなることもあると説明された。
そしてこの注射は病気が落ち着くまでずっと続くと説明され落胆する。
しかし、同じ治療を受けながら天皇陛下も森元首相も元気にされているから希望を持ってほしいと言われ少し安心した。
はたしてリュープリン注射は効き吉田さんのPSA値は時間とともにぐんぐん下がった。
PSA=268(2011年11月)
PSA=237(2011年12月)
そしてリュープリン注射開始
PSA=2.31(2012年7月)
PSA=0.82(2012年9月)
驚異的な効果で吉田さんを安心させた。
この記事の著者
大久保 淳一(5yearsプロフィール)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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