【ストーリー】吉田博行さん 前立腺がん 大腸がん(直腸がん) ステージ3a

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前立腺がん 大腸がん(直腸がん) ステージ3a サバイバー吉田さんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】吉田博行さん 前立腺がん 大腸がん(直腸がん) ステージ3a
  2. 第1話「貴重な経験」
  3. 第2話「重なる転職」
  4. 第3話「営業部門の宴会にて」
  5. 第4話「一滴も出ないオシッコ」
  6. 第5話「前立腺肥大の疑い」
  7. 第6話「前立腺がんの疑いへ」
  8. 第7話「検査入院。生検による細胞診。」
  9. 第8話「リンパ節転移。手術ができない。」
  10. 第9話「食欲不振」
  11. 第10話「嘔吐、血の混じる大便、残尿感」
  12. 第11話「重篤な大腸(直腸がん)」
  13. 第12話「アバスチンの副作用 血栓」
  14. 第13話「間質性肺炎の発症」
  15. 第14話「元気に続ける治療」

第2話「重なる転職」

2003年52歳のとき長年勤めあげた東海銀行を退職しシニア俳優として転職した東京都世田谷区在住の吉田博行さん(65歳、2011年当時60歳)は、妻の勧めもあり再び転職を決意する。54歳の時だった。

2005年6月、54歳になっていた吉田さんは小規模の派遣会社に再就職していた。
いわゆるコールセンター業を引き受ける会社で日本郵政公社(当時)の宅配業の目玉である「ゆうパック」の24時間コールセンター受付業務だった。
3直の交替制。これまでの生活からガラリと変わる。

銀行時代から顧客のクレーム対応をしっかりやってきた吉田さんはその手腕を発揮する。
どんな問い合わせやクレームにも誠実に対応することを心がけ、一生懸命に働いた。

しかし、郵政事業民営化の流れの中で派遣会社は事業を撤退し、吉田さんは失職する。
会社を去ってから2日後、その派遣会社の社長から連絡があり会いたいと言われる。
東京都中央区の本社に行き社長と会うと正社員として雇い入れたいと言われた。
その上でこれから新たに始める「家事代行業」のビジネスを任せたいと打診された。

家事代行…。

サラリーマン仕事であれば長年のキャリアがあるが「家事」なんてほとんどやったことがない。
その意外な申し出に一瞬たじろぐ。
しかし、すぐさま「やります。やらせてください」と引き受けた。

何もかもわからないけど、それならそれでゼロから勉強して事業を立ち上げればいいんだ。
そんな思いで新たな挑戦に胸を躍らせた。

それからはがむしゃらに働いた。スタッフの募集、宣伝、仕事の受注、
その派遣会社には家事代行業に経験と知識のある人はだれもいない。
だから独立した1部門としてまるで別会社のような状態で一人で切り盛りした。
各家庭の主婦たちからくる清掃の依頼や、流しが詰まった、ここが壊れたという様々な「解決お願いごと」「お困りごと」を引き受け、対応できそうなスタッフを派遣する。
平日も休日も24時間くる家事代行の依頼。スタッフが足りないときは吉田さん自ら出向いて対応した。

やがて1年が経ちひと月に180件以上の家事をこなす一大事業にまで育っていた。
その仕事ぶりが認められ次は人材営業の仕事を任されることになった。
個別の企業を回り派遣社員向けの仕事を受けてくる営業職だった。
ただその後オーナーと考え方のすれ違いにより残念ながら退職する。56歳になっていた。

次のページを読む >> 第3話「営業部門の宴会にて」

この記事の著者

(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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