びまん性大細胞型B細胞悪性リンパ腫 ステージ2 サバイバー 野崎美穂さんのストーリーです。
このストーリーの目次
- 【ストーリー】野崎美穂さん 悪性リンパ腫 ステージ2 サバイバー
- 第1話「ビジネスの場で活躍したくて」
- 第2話「精神疾患の兆候」
- 第3話「体調の変化」
- 第4話「左腕の異変」
- 第5話「リンパ腫の可能性」
- 第6話「胸の縦隔に腫瘍」
- 第7話「悪性リンパ腫の確定診断」
- 第8話「がんセンター中央病院・血液腫瘍科へ」
- 第9話「抗がん剤治療(R-CODOX-M/R-IVAC療法)」
- 第10話「抗がん剤の副作用」
- 第11話「続く抗がん剤治療」
- 第12話「治療終了。寛解~復職へ」
- 第13話「再び活躍の場へ」
第11話「続く抗がん剤治療」
2015年に縦隔原発びまん性大細胞型B細胞悪性リンパ腫(ステージ2)と診断された東京都練馬区在住の野崎美穂さん(43歳、2015年当時40歳)は、11月からがんセンター中央病院で抗がん剤治療(R-CODOX-M/R-IVAC療法)を受けていた。
抗がん剤の威力は凄かった。
1クール目で左腕のむくみは消える。
縦隔にある腫瘍(腫瘤)も小さくなる。
一方、抗がん剤の副作用を抑えるため医療スタッフが先回りして対処してくれるのが助かった。
貧血が起こる前に輸血、吐き気が出る前に制吐剤。
素晴らしい治療体制だ。
野崎さんの楽しみは病室への訪問客。
色んな人がやってきた。
両親は、千葉県から車で来て、まずお昼を築地で食べてから正午過ぎに病室に顔をだした。
心配性の両親なので、こうして会って話せることでお互いが安心する。
また、専業主婦の友人が毎週来てくれた。
いつもの、たわいもない話、それがとても楽しかった。
抗がん剤治療(R-CODOX-M/R-IVAC療法)は、必ずしも順調ではなかった。
野崎さんの場合、骨髄抑制がきつく白血球の値が100(正常値:3,500~9,000/μL)となる場合もあった。
12月29日、消費期限が切れた生チョコをうっかり食べてしまい、断続的な腹痛に苦しんだ。
また同じころ、帯状疱疹(たいじょうほうしんが)出てしまう。
あまりのつらさから、頻繁にナースコールを押して助けを求めた。
抗がん剤治療中、ある人との出会いが野崎さんの心を解放した。
当時、アピアランス支援センター長をしていた野澤桂子さんだ。
「がん患者だって、メイクをしていいのよ」
そう言われ気持ちが楽になる。
同じ立教大学出身ということもあり、野澤さんが大学のクリスマスツリーの写真を撮って来て見せて「来年は見に行こう」と言われたのがとても励みになった。
人の優しさがありがたい。
次のページを読む >> 第12話「治療終了。寛解~復職へ」この記事の著者
大久保 淳一(5yearsプロフィール)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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