【ストーリー】中川美和さん 大腸がん(S状結腸がん)ステージ4

    大腸がん(S状結腸がん)ステージ4サバイバー 中川さんのがんに関するストーリーです。

    このストーリーの目次

    1. 【ストーリー】中川美和さん 大腸がん(S状結腸がん)ステージ4
    2. 第1話「なぜだか解らない毎日の疲れ」
    3. 第2話「これはがんです」
    4. 第3話「矛盾した2つの思い」
    5. 第4話「ICUと人工肛門(ストーマ)」
    6. 第5話「あわただしく過ぎていく毎日」
    7. 第6話「肝臓へのがん転移」
    8. 第7話「自宅療養から再度のがん転移」
    9. 第8話「幸せをかみしめる日々」

    第6話「肝臓へのがん転移」

    大腸がんの手術のあと、腹膜炎のため2度目の手術を受けた東京都目黒区の中川美和(仮名57歳、2007年当時48歳)さんは、肝臓にがんが転移していることを伝えられた。しかし肝臓の手術の前に抗がん剤治療が待っていた。

    抗がん剤治療に先立ち、医師から抗がん剤の種類を自分で選ぶように促された。
    髪の毛は抜けるが、手足にしびれの出ない薬にするか、それとも髪の毛は抜けないが、しびれの出る薬か。
    そんなこと自分には判断できない。
    友人や母親と相談し悩みに悩みぬいて、前者にする。
    髪の毛はまた生えてくるが、しびれは一生残る可能性があると言われたからだ。

    そして3種類の薬を使う抗がん剤治療(FOLFIRI)は、11月30日から始まった。
    12月3日に退院すると、これからは入院中に胸の上に取り付けられたCVポートから自分で抗がん剤を注入して、自宅で治療するように言われた。
    しかし、そんなこと怖くて自分にはできない。
    だから、2週間に一度 通院して病院の外来で抗がん剤治療を受けることにする。

    一方 仕事はというと、中川さんは会社で「病欠」扱いにしてもらい半年間給料が出ていた。
    それは、とても有り難いことだった。
    もし半年後に復職していなければ、以降は「傷病手当」の支給へと制度が替わる。

    将来への不安はあるものの、毎月お金が振り込まれることに安堵していた。

    会社と職場の人たちに感謝はしているものの、時々 会社の人から「どうですか?」と連絡が来ると「まあまあです。順調に治療を進めています」と事務的な返事をしてしまう。
    自分でもこの先どうなるのかわからないのに答えようがないからだ。

    なんで、私がこんな目に合わなくちゃならないのか…。

    先の見えない生活になった。手術をしたら終わりという過去に自分が経験した病気とは違い、“がん”という病気の本当の怖さがわかってきた。

    「私は入院と自宅療養を繰り返していくうちに死んでしまうのではないか…」
    がんで他界した祖父や伯母の顔が頭をよぎった。
    不安は募るばかり。

    そして、むかえた3月31日。肝臓に転移した「がん」を取り除く手術の日がやってきた。
    がんの告知から、すでに7ヶ月が過ぎていた。

    次のページを読む >> 第7話「自宅療養から再度のがん転移」

    この記事の著者

    (5yearsプロフィール)

    日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
    2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
    現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
    >>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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