胃がん(腺がん、上皮内)ステージ1 サバイバー 中村玲子さんのストーリーです。
このストーリーの目次
- 【ストーリー】中村玲子さん 胃がん ステージ1 サバイバー
- 第1話「夫婦での起業と子育て」
- 第2話「全力で走っていた40代」
- 第3話「子育てと仕事と」
- 第4話「急な声のかすれ」
- 第5話「胃がん宣告」
- 第6話「草津総合病院へ」
- 第7話「腹腔鏡下手術(幽門側胃切除)」
- 第8話「ダンピング症状」
- 第9話「がんから2年が経って」
第2話「全力で走っていた40代」
滋賀県在住の中村玲子さん(70歳、1981年当時34歳)は、夫が始めたクレーン車の会社の事務仕事に子育て、家事と、大忙しの毎日を送っていた。
多忙な毎日、でも、とても充実していた。
中村さんの会社は、事業を開始して半年も経つと仕事が次から次とくるので、従業員を採用した。
それに伴いクレーン車も追加で2台購入。
借入金の額は5000万円にもなり、負担はますます大きくなる。
しかも、採用した従業員はクレーンの経験者ではないので、まだ技術がない。
だから、自分もクレーン免許を取得し、空いている敷地を使って従業員にクレーン車の操作を教えた。
中村さんは、経理、財務、人事、営業、教育とすべてをこなす女性になっていた。
当時、末っ子の娘が「お母さんの絵」を描いたときのことが忘れられない。
電話機と電卓を手に持っているお母さんの絵だった。
元気いっぱいに働いている母親、子供たちには頼もしいお母さんに映っていたのだろう。
クレーン車は通常の自動車の何倍もの維持費がかかる。
先ず、燃料費、そして自動車保険。
さらに、修繕費や車検にかかる費用は、普通自動車の比ではない。
修繕費に関しては、金額が100万円単位だから驚きだ。
“入り(収入)も多いが、出(出費)も多いビジネス“
経理・財務を担当する中村さんは、お金の工面に苦労したが、やがて、この世界でやっていける自信みたいなものが芽生えていった。
同じ歳の夫婦。
30代半ばで興したクレーンの会社は、41歳の時に株式会社となる。
従業員も増え、クレーンの台数も2桁になっていく。
ご主人は働き者だった。
昼間の仕事が終わるとお得意先の接待に出かけ親交を深めた。
その御主人の送迎をするのが中村さん。
娘3人と夕食を済ませると接待の2次会に自ら参加することも多々あった。
夫婦共々、全力で走っていた40代だった。
次のページを読む >> 第3話「子育てと仕事と」この記事の著者
大久保 淳一(5yearsプロフィール)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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