【ストーリー】阿部久美子さん 乳がんステージ2(ルミナルA) サバイバー

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乳がんステージ2(ルミナルA) サバイバー 阿部久美子さんのストーリーです。

このストーリーの目次

  1. 【ストーリー】阿部久美子さん 乳がんステージ2(ルミナルA) サバイバー
  2. 第1話「生命保険会社への転職」
  3. 第2話「乳がん検診と子宮がん検診」
  4. 第3話「本当に自分のやりたい仕事」
  5. 第4話「右の乳房の上にしこり」
  6. 第5話「良性か、悪性かは半々の確率」
  7. 第6話「メスを入れたくない」
  8. 第7話「民間療法を試す」
  9. 第8話「生検」
  10. 第9話「乳腺悪性腫瘍手術と乳房再建手術」
  11. 第10話「手術」
  12. 第11話「ホルモン療法と遊離皮弁術(乳房再建術)」
  13. 第12話「自宅療養と仕事の開始」
  14. 第13話「3回の『ゼロからスタート』」

第10話「手術」

2016年1月、生検の結果、乳がん(ホルモン受容体・陽性、HER2・陰性タイプ(ルミナルA))と診断された神奈川県大和市在住の阿部久美子さん(44歳、2016年当時43歳)は、聖マリアンナ医科大学病院に転院し、2016年4月1日に手術(乳腺悪性腫瘍手術(乳頭乳輪温存乳房切除術)とエキスパンダーを右胸に入れる組織拡張器による再建手術)を受けることになっていた。

2016年4月1日、乳頭乳輪温存乳房切除術とエキスパンダーを右胸に入れる乳房再建手術の日。
この日、母親と妹がつきそいで病院に来てくれた。
病室で待っていると、入室の時間がきた。家族に見送られ手術室に入った。
看護師に誘導されて手術台の上に横になり、手術着を脱いだ。
身体と手術台の間にある隙間を、小さなタオルでくさびのように詰め込まれて固定され、手術の準備をしている時のことだ。
とうとう、右胸を失うんだ…、そんなやるせない思いが込み上げてきて、涙がポロリと出ていた。
失うことへの抵抗感のような、なんとも寂しい喪失感のような感情。再び、つらくなっていた。
「いまから、だんだん眠くなっていきます」
その声を聞いているうちに眠りに落ちていった。

手術は5時間ほどかかった。
回復室に移り麻酔が切れて、強い吐き気がした。
まず気になったのは右胸のこと。
見て確かめることは出来なかったが、感覚は最悪だった。
「なにこれ…、鉄板みたいのが入っている。こんなに硬くて重いのが胸に入ってる」
そんな感じだった。

しかし、手術から数日後、主治医に促され自分の胸をみた。怖かったけど、確かめた。すると…、
「あっ、オッパイがある。よかった…、手術は成功したんだ」
外見的には部分切除したとは思えないような丁寧なオペで本当に嬉しかった。
胸を失った感がないのだ。

そして10日後の4月11日に退院。
友人と家族の勧めもあり、2週間、実家で過ごし両親の世話になる。
それから…、
週に2回とか、体調の良い日は頑張って3回とか、調整しながらお客さんに会い、仕事をこなしていった。
ただ、阿部さんには、すべて終わったという思いはない。
自分のお腹の自家組織を胸に移植する乳房再建術(遊離皮弁術)を受ける予定にしていたからだ。

一方、今後の治療については、ホルモン療法に移ることになっていた。

次のページを読む >> 第11話「ホルモン療法と遊離皮弁術(乳房再建術)」

この記事の著者

(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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