【インタビュー】胃がん ステージ1b 吉田洋一さん

胃がんサバイバー吉田さんへのインタビューです。

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吉田洋一さんの基本情報

名前: 吉田洋一さん
年代: 50代、男性
病名: 胃がん 
進行: ステージ1b
発症: 2009年7月(50歳)医師からの告知
治療: 8月入院 内視鏡による胃粘膜切除手術
    10月再入院 腹腔鏡下噴門側胃切除により胃上部切除
期間: 2009年7月~2009年10月
合併症:ありません
職業: 会社員(経理事務)
生命保険: 発病当時の加入生命保険
     死亡保険 大同生命 死亡保障 1,000万
     医療保険 住友生命 ガン入院 日額 10,000円

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2009年1月の心臓の痛みとがんは何らかの関係があったとお考えですか?

診査結果心臓に異常がなかったことで安心しましたが、その当時知り合いから念のため消化器系も検査してみたらと言われました。
胃がん告知されその忠告を思い出し、そして心臓と胃が近いという事もあり、ひょっとしたら胃がんの自覚症状だったのではないかと思いました。
結果としては、1月に更に検査をしてがんを発見したとしても、その後の治療に大きな変化はなかったとは思いますが、1月の経験があったからこそ社内健康診断での2次検査にさっさと動いたということだったと思います。

胃潰瘍が治った痕と言われていたにもかかわらず、胃がんを伝えられた時のお気持ちを教えてください。

もしかしたら最悪がんかもしれないという想定はありました。しかし、重大ながんだったら、もっと早く見つけられたのではないかと思っていましたので、胃がんと伝えられた時には、胃潰瘍と間違うくらいなら早期だと確信しました。
ですから伝えられた時は想定内で、さっさと切ってさっさと治しましょうという気持ちになっていました。

がんの診断が下りたにもかかわらず、前向きな気持ちを持ち続けられた理由は何ですか?

胃がんについての情報は、健康診断の2次検査を言われた時からネットで情報を仕入れていました。早期なら5年生存率が95%を超えていることは承知していましたので、がん診断の時から100%治ることを確信していました。そして、胃がんと聞いた時から治った後のことだけ考えていました。治ったらまた走れるんだ、治ったらまた飲めるんだ。医師への最初の質問は「先生治ったら走れますか、飲めますか?」でした。ネガティブな発想は一切なかったですね。
そして、女房と結婚した27歳の時、女房にこう伝えています。
「俺には不幸がない」
告知された時も現在も、この心境に変化はありません。

がんの手術後、弱気になったときはありましたか?どのようにして乗り越えてきましたか?

あまり弱気になったという記憶はありません。もしかしたら弱気になったときがあったかもしれませんが、絶対治して富士山行くんだ、絶対おいしいお酒を再び飲むんだと思っていたことは間違いありません。

家族や、会社、お医者さんとのコミュニケーションで苦労されたこと、やって良かったことは、何ですか?。

家族のなかで実の両親には心配かけたと思います。80歳であった両親にとってがんは重いですよね。
いくら早期だから絶対大丈夫と言っても心配したようです。

女房と子供は、本当に大した心配していませんでしたので普通の生活をしていたはずです。
もっとも子供たちはほとんど見舞いに来ませんでしたし私もそれでいいと思っていました。

会社は私に限らず社員の闘病には本当に理解があり、とにかく会社休んでじっくり治しなさいと言う姿勢。
復職して以降、突然具合悪くなり休むことや就業時間中の通院も容認でした。

医師に対しては全幅の信頼です。実績も十分の医師ということも様々の場で証明されていましたので全く安心し色々質問できましたし、医師の方もすべての情報を提供してくれる姿勢でした。

やってよかったこと。
自分の周りはすべて自分の応援団であると思っていたことくらいですかね。

治療中、リハビリ中、心の浮き沈みに、どのように向き合いましたか?

まっすぐに向かい合ったと思います。痛いならこの痛みはどうして取ればいいのだろう。食事中苦しんだら、苦しまないならどうしたらいいのだろう。ダンピング・低血糖になったら、どんな対処法が一番いいんだろうというふうに。
そして、退院した日がスタートだと思っていましたので、順番に成長・回復するのだから今はその途中出来なくてもしょうがないとも考えていたと思います。
自分のイメージは治療中から真っ直ぐ右肩上がりの直線です。折れ線グラフとは思っていませんでした。

ご自分は、なぜ、がんサバイバーになれたと思いますか?

なぜと問われましても全くわかりません。
でもそれでも答えさせていただくとしたら、がんは大した病気だと思っていなかったということでしょうか。
ちょっと入院して盲腸のように臓器をちょっと切っただけ。ただそれだけなのですから、何も日常は変わらないし変える必要もないと考えたことがよかったのでしょうね。
今でもがんに罹ったことを忘れていることが多いです。

がん体験を通じて学んだことを教えてください。

早期発見・早期治療。健康診断の大切さ。病気の原因の追究。
そして、がんに罹ろうが罹らないにしても残りの人生に大きな差がなく、またそんなにたくさんの時間が残されていないことに気づきました。もったいない人生を過ごしたくないということに気付いたのです。(年齢も年齢ですから)
やりたいことをやる。毎日楽しく過ごせるように努力する。そのために事前にいつも一生懸命に考える。
明日やることを今日考えることで、無駄な過ごし方をしなくて済みます。

明日やることの基準は、ずばり自分にとってプラスかどうか。
それでいいと思っています。

癌に罹っていないと、この気持ちにはまだなっていなかったと思います。

がんになって失ったもの、得たもの

【得たもの】
  自分の今と自分のこれからの未来。
  毎日が楽しいと感じること。
  自信。

【失ったもの】
  胃だけ。

大切にしている言葉

明日は明日の風が吹く

現在治療中の方々に伝えたいこと

いつも楽しいことを考えることでしょうか。
そして、退院してやりたいことを考えてみてはいかがでしょうか。

いま、やられていること、今後、やろうとされていること。

 (今やっていること)
がんに罹ったことを意識しないこと。
これからも半年に一回の定期健診。
(今後についてやろうとしていること)
自分が少しでも役に立つボランティア。別にがんに拘らず、自分の経験を生かせるチャンスがあれば、仕事以外で生かしていきたいものです。

がん患者がしてはいけないこと(3つ)

1.ネガティブな考え
2.過去についての後悔
3.他人に対する妬み、しっと

がん患者がするべきこと(3つ)

1.笑顔
2.運動
3.食事

がん治療にかかった費用と保険でカバーされた金額

経済的安定を見越していましたので、不安のない入院生活を過ごせました。

・治療費: 15万円程度 (2009年の治療費で検査、入院、手術、通院すべて含めて)
・保険等給付金: 72万円 (2回の入院に対する合計給付額です)

当時参考にした本

ありません。ネットで情報収集していただけですが、自分が得たい情報はネットで充分得ていたと思います。

最後に

がんに罹り入院し胃摘出手術を受け胃上部失ったことは事実です。
でも薬等使用していない私でしたので、病気に罹ったという意識は今でも全くありません。
ただちょっとできものが出来、外科で手術して取ったという感覚です。
治療することとリハビリには全力で取り組んでいましたが、気持ちはこのように全く軽かったのです。
前向きというより、超楽天的な性格だと言えるのではないでしょうか。それが私かな。

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取材:大久保淳一

この記事の著者

(5yearsプロフィール)

日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
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