大腸がん(直腸がん) ステージ3サバイバー 高木直子さんのストーリーです。
このストーリーの目次
- 【ストーリー】高木直子さん 大腸がん(直腸がん) ステージ3サバイバー
- 第1話「続く血便」
- 第2話「胃腸科クリニックへ」
- 第3話「大腸内視鏡検査」
- 第4話「進行性の直腸がん」
- 第5話「進腹腔鏡による手術」
- 第6話「ストーマとパウチ」
- 第7話「抗がん剤治療」
- 第8話「ストレスのやり場」
- 第9話「人工肛門(ストーマ)の閉鎖手術」
- 第10話「退院後の生活」
- 第11話「取り戻す生活」
- 第12話「過去は思い出に」
第8話「ストレスのやり場」
日本赤十字社医療センターで進行性の大腸がん(直腸がん)ステージ3Aと告げられ、2016年3月に腹腔鏡による手術(腹腔鏡下超低位前方切除術(一時人工肛門造設))を受け、ストーマとパウチのストレスから精神的に参っていた東京都練馬区在住の高木直子さん(44歳、2016年当時42歳)は、4月から抗がん剤治療(オキサリプラチン、ゼローダ)を受けていた。
第2クールの抗がん剤投与で生じた副作用は、恐ろしかった。
副作用の出方は患者によって様々だが、あの薬は高木さんには合わなかったのだ。
脚が固まって動かせないし、一時的に身体がどうにかなってしまったかのようだ。
こんな治療はもう受けたくないと思ったが、治療拒否を自分から医師に言うことは嫌だった。
2016年6月6日、3クール目。
前回の副作用を重くみた担当医が、こう言う。
「高木さん、これじゃあ身体が持たないから、今後はゼローダだけにしましょう」
つまり、錠剤のゼローダ単体を2週間服用する治療に軽減される。
軽減といっても楽だという訳ではない。
ゼローダの副作用で足の裏が赤く腫れあがり、バリバリしている。
触ると痛いのだ。
常に保湿クリームをつけて、夏でも靴下が必要。
近所のスーパーマーケットにその足底で歩いて買い出しに行くと、次の2日間は足を休めたいから家で安静となる。
だるさと足裏の痛みがつらかった。
ただ、抗がん剤治療を8クール終えれば、人工肛門(ストーマ)を閉鎖する手術が受けられる。
だから、それを目標にがんばる。
また、このころ体重が減ってきた。人工肛門の影響と考えられた。
周囲から「あの人、痩せている」=「病気なんだ」と思われるのが嫌で一生懸命に食べた。
このころ自宅での生活はと言うと、一日中テレビばかり見ている退屈なものだった。
考えてみると何とも不思議だ。今まで健康だったから、病人の生活なんて知らない。
直腸がんを発症したときだって、自覚症状がなかった。
それなのに治療を受けることになり、抗がん剤でしんどいし、だるい。
仕事に行けないし、大好きなライブにもいけない。
高木さんにはストレスのやり場がなかった。
「悪い夢なのかな?」そんなことすら思うときもあった。
しかし、腹を触るとストーマとパウチがある。やっぱり現実だとわかり、更にがっかりする。
体調は思わしくなく、精神的にもつらい抗がん剤治療と向き合っていた。
この記事の著者
大久保 淳一(5yearsプロフィール)
日本最大級のがん患者支援団体 NPO法人5years理事長、本サイト(ミリオンズライフ)の編集人。
2007年、最終ステージの精巣がんを発病。生存率20%といわれる中、奇跡的に一命をとりとめ社会に復帰。自身の経験から当時欲しかった仕組みをつくりたいとして、2014年に退職し、2015年よりがん経験者・家族のためのコミュニティサイト5years.orgを運営。2016年より本サイトを運営。
現在はNPO法人5years理事長としてがん患者、がん患者家族支援の活動の他、執筆、講演業、複数企業での非常勤顧問・監査役、出身である長野県茅野市の「縄文ふるさと大使」として活動中。
>>新聞、雑誌、TV等での掲載についてはパブリシティを参照ください。
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